「虐待的絆」に引き寄せられる

異常な環境に適応した脳の配線は、手続き記憶、つまり身体の動きや反応のパターンとして現れます。

別の文化圏で生まれ育った人は、一見、うまく新天地に溶け込んでいるようでも、ちょっとした仕草や癖から異邦人だとわかってしまいます。生まれ育った文化で学んだ身のこなしは、骨の髄まで染み込んでいます。

戦場に適応した兵士は、現代社会で生活しているときも、兵士らしい身のこなしを取ってしまうものです。映画やフィクションでは、そうした無意識の身のこなしから正体や経歴がバレる、といったシーンがよくあります。

トラウマ環境に適応してしまったサバイバーたちも同じ問題を抱えます。平和な現代社会に生きていようとも、トラウマのサバイバーたちは無意識のうちにトラウマ環境下の身のこなしを再現してしまいます。

トラウマと記憶: 脳・身体に刻まれた過去からの回復によれば、その無意識の身のこなしのパターンのせいで、トラウマのサバイバーたちは、犯罪者たちから目をつけられやすく、再被害に遭いやすいことがわかっています。

今や古典的といわれている研究だが、暴力事件で起訴された犯罪者に、ニューヨーク市内の混み合う交差点を行きかう人々のビデオを見せると、犯罪者たちは数秒以内に、狙いやすい人を割り出した

さらに犯罪者たちは同じ人を選ぶ傾向があり、それは体型や性別、人種、年齢には関係なかった。なぜ特定の人だけに狙いを定め、他の人々には見向きもしないのか、犯罪者たちには自覚はなかった。

しかし研究者たちは、いくつかの非言語的な信号を特定することができた。姿勢、歩幅、歩くペースおよびまわりへの意識の向け方などで、その人が簡単に圧倒されてしまうということがわかるのだ。

2009年のこの研究の論文で、チャック・ハストマイヤとジェイ・ディキシットは、「主な見分け方としては『相互作用的同調性』の欠如と、『一体性』を欠いている歩き方である」と論じている。(p202)

たとえサバイバーたちが口で過去の被害体験を語らずとも、無意識の手続き記憶の動作が代弁してしまっています。自分は過去に被害を受けたサバイバーであり、群れからはぐれたままの手負いの動物である、ということを。

異常な環境という非日常の中では理由もわからずに生き生きしてしまい、安心できる平和な日常ではかえって適応障害を起こしてしまう。

しかも、自分では望んでいないはずなのに、無意識のうちに危険な状況に身を晒し、犯罪者に目をつけられやすく、トラウマを再体験しやすくなる

生まれ育った文化の呪縛は、どれほどそこから逃れようとしても、そう簡単に断ち切れるものではないのです。


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「虐待的絆」に引き寄せられる

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